しあわせ色がいっぱい! ルー・ワールドの再登場

 ファンの熱い期待にこたえ、長い沈黙を破ってマイケル・ルーが帰ってきました。
 コンピュータを新時代の絵画技法と位置づけ、ルー自身が時間をかけて開発したテクニックを駆使し、新しいルー版画、ルーグラフを完成しました。従来の版画(木版、石版、銅版、シルクスクリーンなど)の特徴を統合し、もっと自由で多彩な造形と色彩により、鮮烈なハッピーワールドを現出させました。

 愛と、希望と、勇気に満ちたルー作品を心行くまでご堪能ください。

天真爛漫! 心はずむハッピーカラー

 マイケル・ルーはユーモアと心の温もりを色彩豊かに描き出した初めての作家です。彼の登場は、全く新しい美術の可能性を示した点で、世界に大きな衝撃を与えました。天才画家ルーの独特な色彩と造形の感覚によって描き出されるユニークなイメージは、たちまち、アメリカ、ヨーロッパそして日本の美術愛好家を魅了し、また、専門家から高く評価されるところとなりました。児童画のようにわかりやすい絵柄でありながら、格調高い美術の領域を踏み外すことのない感性と技量の確かさは、ルーならではのものです。カラフルな西洋手法を用い、東洋の観念、人と自然の調和を描いたイメージは、ややもすれば現代人が忘れかけている愛情、希望、勇気、平和などを力強く訴えかけています。

作家プロフィール

1950 台湾に生まれる
1957−1961

絵画の天才児と言われ、7歳の時、東京国際児童絵画コンクールで1位になる。 
児童絵画の最高の指導者、ジュン・ミン・ジンについて本格的な絵の勉強をはじめる

1966−1969     台湾の美術工芸学校に学び、主席で卒業。
1968−1983

台湾の主要な新聞や雑誌のイラストレータとして活躍。
同時期、重要な国際的出版物に挿し絵画家としてかかわる。
   ユネスコ関連出版物
   台湾文部省発行の児童用絵本 (ベスト・イラストレーション賞を受ける)
   スイスの雑誌 ”THE ILLUSTRATEDILLUSTRATION

1983 自分の絵画を世界に問うため、最も先進的なアメリカに移住。
オーテイス・パーソンズ研究所に学ぶ
1981−1987 母国台湾での個展後、カリフォルニア州、ニューヨークの主要画廊で個展を開催。
アートイクスポ・ニューヨークに出展。一般から専門家まで広く注目するところとなり、
米国画壇に衝撃的なデビューを飾った
1987 日本にデビュー。性別、年齢を越えて、幅広く評価を受け、熱心なファンを獲得。
1991 ヨーロッパにデビュー。
伝統市場に新しい美意識をもたらし、毎年のフランクフルト・メッセで話題をさらった。
1990〜
 2000年代
米国、ヨーロッパ、日本を中心に世界各地で、グループ展や個展を開催。
爆発的人気を獲得、人気を不動のものとし、、現在の地位を築いた。
2012 数年の沈黙を破り、コンピュータ版画ルーグラフを発表。
日本のオリジナルプロモータとマイケル・ルージャパンを設立、新しい時代に向け総合的なプロモーションを再開。

  作家 マイケル・ルー

愛妻レイチェル

恩師ジュン先生

マイケル・ルーの版画作品について

 ルー作品の評価が高いのは、作家自身が一枚一枚手刷りした本当の意味でのオリジナル版画だからです
 一般に市場で販売されるオリジナル版画は、作家が描いた元画を工業的に色分解したものや、スキャナーでコンピュータに取り込んだ複製画像を印刷しています。しかし、ルーは作家自身が版制作から刷りまでを責任持つのがオリジナル版画だと主張します。版を直接作画し、納得できる造形と色彩表現を行います。一つのイメージを完成するのに50色以上使う場合があるといいますから、一枚の版画を作るのに50回の版をおこすこともあります。更に、刷りも業者に任せるのではなく自分自身でやります。最後の工程で思い通りの色彩表現になるかどうかは、作品の完成度にとって大変重要です。版画作成に卓越した技量と表現力を持つからこそできる技です。
 ルー版画には、元絵となる原画はありません。版画一枚一枚が原画なのです。

 新しい表現方法としてコンピュータによる版画制作を行う今も、この思想は変っていません。従来と同じように何枚もの版(レイヤー)を丁寧に制作し、それらを重ね合わせ作品を完成させています。そして、納得のゆく刷り上がりのものだけにサインを入れるのです。